2025/04/12
矛盾とリスク

ふじみ野市の大井みどり動物病院です。
今回は、猫の糖尿病治療について、専門的な内容をできるだけわかりやすくお伝えします。また、獣医師として、治療薬を慎重に選び、猫とそのご家族の健康を第一に考えることの重要性をお伝えしたいと思います。
ヒトの糖尿病治療では、食事療法が重要です。アメリカ糖尿病学会(ADA)は、2型糖尿病の食事療法の一つとして、糖質制限食(低糖質食)を認めています。糖質は血糖値を上げる主な栄養素なので、摂取を減らすことで血糖をコントロールできるのは、生理学的に明確です。実際に、糖質制限が2型糖尿病の血糖管理に有効であることを示す研究もあります。
一方、ヒトの日本糖尿病学会は、糖質制限の効果を認めつつも、長期的な安全性に関するデータが不足しているとして何故か慎重な姿勢です。急激な糖質制限はエネルギー不足や栄養バランスの崩れを引き起こす可能性があるため、ヒトでは慎重な導入が求められます。
SGLT2阻害薬は、ヒトの2型糖尿病治療で使われる薬です。腎臓でグルコース(糖)が再吸収されるのを防ぎ、尿から糖を排出することで血糖値を下げます。ヒトの日本のガイドラインでも使用が認められていますが、脱水や電解質異常、まれにケトアシドーシス(血液が酸性に傾く状態)などの副作用が報告されており、慎重な管理が必要です。ただし、これらの副作用は非常にまれです。
糖質制限が「糖の摂取を減らす」アプローチなのに対し、SGLT2阻害薬は「体内の糖を排出する」アプローチです。
近年、SGLT2阻害薬が猫の糖尿病治療薬として登場しました。猫の糖尿病は、ヒトの2型糖尿病と似た特徴を持ち、インスリン抵抗性が関与することが多いため、理論的にはSGLT2阻害薬が有効と考えられます。
しかし、猫は「真の肉食動物」で、糖質を多く必要としません。野生の猫は肉を中心に食べ、糖質をほとんど摂りません。一方、現代のペットフードには糖質が多く含まれることがあり、これが糖尿病のリスクを高める可能性があります。例えば、ドライフードには糖質が30~50%含むことが一般的です。
そのため、糖尿病の猫には、まず糖質の少ない食事(例: 糖質10%以下のウェットフード生肉ベースのフード)に切り替えることが推奨されます。糖質制限は血糖コントロールを改善し、インスリン依存を減らす可能性があり、糖尿病でない猫の健康維持にも役立つと考えられます。現時点で、猫の糖質制限に明確な生理学的問題はありません。
猫用のSGLT2阻害薬には、以下の2つの課題がある考えています。
まず、ヒトの治療では食事療法が前提ですが、猫用のSGLT2阻害薬の製品説明には、食事療法の指導が明記されていません。専門家に確認したところ、「その点は明確でない」との回答でした。糖質を多く摂ったまま薬で糖を排出するアプローチは、効率が悪く、猫の食性にも合いません。
次に、SGLT2阻害薬は、インスリンが十分に分泌されている猫に適しています。インスリン分泌が不十分な場合、ケトアシドーシスのリスクが高まります。研究では、このリスクが無視できない頻度で報告されています。製品では投与初期の尿検査が推奨されていますが、インスリン分泌能を事前に確認しない投与は慎重であるべきです。猫でもインスリン分泌能の測定は技術的に可能ですが、日常診療での実施はまだ一般的ではなく、今後の研究が必要です。
要するに、「糖質を減らさず、薬で排出させる」治療は、糖質を減らす努力を優先する自然なアプローチに比べて非効率で、リスクを伴います。
SGLT2阻害薬は、主に急を要しない糖尿病の初期例に適しています。このような場合、まずは糖質制限を中心とした食事療法で経過を観察するのが安全かつ合理的です。たとえば、糖質の少ないフードに切り替え、1~2か月後の血糖値や体重の変化を確認します。
当院では、食事療法が前提とされていない点、インスリン分泌能を確認しない投与のリスクから、SGLT2阻害薬の積極的な使用を現時点では控えています。消えていく薬の可能性もあり、少なくともガイドラインで採用されるまで使用をしない予定です。
ただし、食事療法が難しい場合(例: 猫が低糖質フードを食べない)、飼い主さんが自宅でインスリン注射を行えない場合、ホルモン疾患による二次性糖尿病などインスリン治療が効きにくい特殊なケース(獣医師と相談の上、適応外使用として)では、使用を検討する場合があります。
SGLT2阻害薬の講習会では副作用について触れられますが、製薬会社主催の講習会には利益相反の可能性があり、リスクが過小評価されている場合があります。また、製薬会社の研究データも、客観的に検証する必要があります。それに比べ猫に糖質を控えることのリスクの方は無視できると考えています。
簡単に言えば、猫のSGLT2阻害薬には「矛盾とリスク」があります。そのため、適応は限られ、当院では慎重な姿勢を取っています。獣医師は、大切な家族である猫に使う薬に責任を持ちます。薬の特性をよく理解し、飼い主さんと相談しながら、最適な治療を提案することが大切だと考えています。
原則的に糖尿病の猫と大人の健康な猫は糖質の摂取をしないほど良いのは間違いないでしょう。猫にとっての糖質の利点は利便性と経済性のみと言っても過言ではないでしょう。
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